山県さんがある地方に移り住んだのは今からもう何十年も前になる。
その当時、村からやっと町に名称が変わったというが、
いわゆる閉鎖的な村社会は相変わらずで、
よそ者をあまり歓迎しない町民たちは、自分に対してもよそよそしく、
なかなか馴染めない。
その町で昔から、女性が嫁ぐときと、子を孕んだときには必ず、
「髪結い」という儀式をする。
髪結いというのはいわゆる床屋。
遊郭などでも行われていた。
儀式といっても、大安成就を願うもので、髪結いのときに、髪の毛を束にして神社に奉納する習わしである。
結婚、出産を祝う儀式ではあるが、忌むべき儀式でもあるのだという。
本来は、守護のための髪結いであるが、その儀式は男性はけっして覗いてはならぬという決まりがある。
そしてそれは、恐ろしい儀式としても知られ、
ただ、どんな方法でやるかなどは一切わからないという。
ただ、それらしいものを見てしまったかもしれないと、山県さんは言うのだ。
「家々を回り、髪結いをする巫女さんらしき人を見た」
ある日、襤褸家に巫女は入っていくので後をつけた。
部屋には窓などがなく、
衝立があるばかりで、外からよく見える。
随分雑だな、と思ったが、
部屋には作業場だけ避けるように無数の赤い紐がまるで網の目のように張り巡らされていた。
さて、どんな人が髪結いをされるのか。
角隠しをつけた人が目に入ったが、
その顔は墨を塗ったように真っ黒。
見たところ凹凸のようなものはなく鼻も目もない。
黒い染料を塗っているわけではない。
そして鋏を入れて一時間くらいだろうか。
髪結いが終わると、真っ黒な角隠しの女は、巫女に静かに一礼をし、消えた。
後で知ったが、その家は空き家だったそうで、住む人間などいないことがわかった。
ならばあの女は、生きている人間ではなかったのか。
髪結いは、死人にも用いられる風習なのかもしれない。
ただし、それを見た呪いなのか障りなのかはわからない。
若白髪になってね30過ぎで真っ白。
今でこそ白髪が似合う歳になったけど、ちょっと若いときはイヤだったね、とくしゃくしゃと顔を綻ばせ笑った。