これはO県に住む、父方の祖父から聞いた話です。祖父母は本当に仲がよくて、祖母は一昨年、体調を崩してしまい、入院していたのですが、祖父は毎日お見舞いに行っていたそうです。
「懐かしいわね、この写真」
ある日、そう言って祖母が祖父に見せてきたのは、昔、広島の尾道に旅行した際の写真でした。
「ホテルの大きな看板が、車内から見えたときは大興奮したわよね」
「お前、はしゃいでたもんなあ」
「あら、あなただって」
祖父母は笑い合いました。
「露天風呂がまたすごかったのよね。絶景ってああいうところのことを言うんだと思うわ」
ところが、そう笑顔で言ったあとに、祖母はとても寂しそうな顔になったそうです。
「でももう、私は隣の県だとしても、旅行できそうにもないわね……」
「そんなことを言うなよ。元気になったら、快気祝いでまた尾道に行こう。それで、あのホテル……名前はなんだったか、あそこに泊まればいいじゃないか」
祖父は力強く祖母を元気付けましたが、祖母は、祖父の言葉に目を見張りました。
「あなた、知らないの?」
「何がだよ」
「あのホテルは、もう2003年には閉館したらしいのよ。廃墟になって、心霊スポットになってしまったって言われているの」
祖母は、心底悲しそうだったそうです。
「ごめんな。じゃあ、違う場所に行こう」
それは悪いことを言ってしまったと思った祖父は、祖母をそう慰めましたが、だんだん奇妙な気分になってきたのだとか。
妻とあのホテル――名前はTだったはずだ――に行ったのは、確か、昔といってもまだ十年ぐらい前の話じゃなかっただろうか……? と。
もう一度、祖父が旅行の際の写真を見てみると、祖父母はどちらも笑顔で写っていますが、景色は寂れていて、Tの中で撮影した写真はなかったそうです。
けれど、祖父も祖母も、Tに泊まった記憶が確かにあるという話になり、二人で顔を見合わせ、そして、またあることに気が付きました。
旅行の際の写真に、祖父母はどちらも写っているけれど、撮影したのは誰なのか、と。
祖父母はタイマーで写真撮影なんてできませんし、通りがかかった人に写真を撮ってもらうタイプでもありません。
昨年の祖母の葬儀で祖父に聞いた話なのですが、祖母がもうこの世にいない以上、わかることは何もないと思います。