内見先の天井 投稿者:R

これは私が実際に体験した出来事です。

仕事の都合で年内に引っ越さなくてはいけない状態になったため、水曜日でも開いていた地元の小さい不動産屋に駆け込むと穏やかでおとなしい感じのヒョロっとした男性が担当として出てきました。
必須条件を伝えると何件か今日のうちに見に行ける物件があるとのことで、早速不動産屋の車で内見に向かいました。

一番最初に訪れたのは、お世辞にもきれいとはいえない木製のボロアパートでした。
外観の印象から住む気が失せたものの、最近はリノベーションなどで中がきれいな物件も多数存在しているので(この物件ももしかしたらその類かもしれない…)という淡い期待を抱き、中まで確認することに。
中に入ると期待は裏切られ、外観通りのボロアパート。
13畳ほどの和室に木の床の古い作りの台所に出迎えられ残念な気持ちになりつつも、住めば都と言うし、せっかく来たんだから見ておこう…と気を持ちなおし内見続行。

「作りは古いですが、その分昔のサイズ感で作っているので収納などは多いですよ。」
こちらの心情を察したのか、とっさに不動産屋のフォローが入る。

「台所は大きめのシンクですし…このようにほら、押入れも大きいので!」
ガラガラとふすまを開け締めして、収納力をアピールしてくる。
何も聞いていないのだから、ちょっと黙っていてほしい。

不動産屋の言葉に適当に相槌を打ちながら和室に入ると、やや埃っぽい感じの木の板張りの天井が目に入りました。
「…和室は天井まで木張りなんですね、趣がありますね。」
と独り言のようにつぶやくと、
「そうなんですよね~!今は都内ですとこういう和室も少ないので、オツなものですよ!正直この価格帯でこういった和室は今ありませんから!オススメですよ~!」と妙に明るい返事が返ってきました。

内見前とは違う不動産屋の態度に違和感を感じながらも、1軒目の内見を終え次の物件へ。

2軒目からは不動産屋はテンションも低く、良くも悪くも普通の内見といった感じで進行。
最終的に全4軒の物件をまわり、内見は無事終了しました。

他の物件もそれなりのものが多くどこにするかと悩んでいると、
不動産屋が「お悩みでしたら、最後にもう一度1軒目の物件を見に行きませんか?」と声をかけてきました。
なんだかやけに1軒目の物件を勧めてくるな…と思いつつ、再度1軒目の物件へ。

すっかり日が暮れてからのアパートは妙に暗く、昼間のイメージよりもさらに悪い印象でした。
(これは…中はさっき見たしもう入らなくてもいいかな…)と考えていると、
「せっかく来たんですから、夜の電気をつけた状態でも中を見てみてくださいよ!」と不動産屋がまたゴリ押ししてきます。
半ば強引に中に入り、先程の和室に目をやると…

天井に大小様々な手の跡がびっしり。

一瞬息が止まりました。
最初に来た時はこんな跡はなかったんですから。

それまでは明るくこの物件をなんとか契約させようと勧めていた不動産屋も
小さい声で「すみません…」と言ったきり黙り込みました。

もちろんその物件は契約せず、今は後日別の大手の不動産屋で紹介された綺麗なマンションに住んでいます。
あのとき契約してあのボロアパートに住んでいたら…一体どんな生活が待っていたのでしょうか。

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