“これは私の遠い親戚の話です。
時代は昭和20年代、場所は滋賀県の近江八幡の集落に遠い親戚のAさんがいました。
Aさんは代々続く近江商人の家に生まれた人でした。
しかしAさんは商売そっちのけで、朝から晩まで裸足で村を徘徊していて、
お金を強請ったりしては村の人たちから嫌悪されてました。
そのAさんが危篤になり、祖父もAさんの屋敷に訪れました。
祖父もAさんには迷惑していたので、心配からではなく、どんな死に方するか一目見てやるか。
と、半ば興味本位でAさんの最後を見に行ったのでした。
大広間の床でうなされているAさん。
苦しそうにしているのに村のお医者さんは見て見ぬふりをしていました。
その家のおばあさんが、一言「来よったな」と呟きました。
するとAさんが「鬼が来よったー、火の車やー、暑い暑い」と七転八倒していました。
祖父は、おばあさんが息子であるAさんに「ギシギシ、ギシギシ」と耳打ちするように呟いているのを側から見ていました。
そのおばあさんの呟く様子に薄気味悪さを覚えたと言います。
まるで息子を苦しめているかのようにしていたそうです。
Aさんは目を開けたまま亡くなってしまいました。
最後にAさんは助けてくれー、そう絶叫していたそうです。
この地方には遠い昔から、悪いことをした人間には、地獄から鬼が火の車で迎えに来る、そう言い伝えがあるそうです。
祖父は、あの婆さん自分の息子を殺しよったんや。そう私の母に話しました。
おばあさんが呟いていたのは、地獄の火の車の軋む音だったのかもしれません。