…最近、寝ようとすると嫌な気分になる青年がいた。
彼は耳元で、シャキシャキ…とハサミを開閉する音が聞こえてくるのだ。
ここ、1週間…毎晩毎晩ずっとだ。
元々寝付きづらい方だが、寝れないのはキツい。
当然、あまり寝付けないので寝不足気味になり朝も不調だが…彼は学生で大学にも行かなければならない。
単位を落としたら、元もこも無いので。
今日も眠そうな顔を洗面所の鏡に写していた。
『眠い…まぁ、あの講義は寝ていても大丈夫なやつだから助かるな。』
彼は、奴間 貴司。
最寄りの大学に通い、サークル活動等も充実しているのだが…この睡眠不足により滞っているのが現状だ。
だがそれでも日課のコーヒーは欠かさずに飲んでいた。
彼は、甘いのは好きでは無いので無糖でコーヒーを飲み併せて朝食として餡パンを食べていた。
『はぁ…あの音は、なんだろう?夢か…若しくは……。』
自身の部屋の壁を見て、もしかしたら隣の部屋からかもしれない…と思った。
『そろそろ…行くか。あぁ…眠い。』
貴司は、大学に向かうため部屋を出てドアを施錠した。
すると、隣の部屋からかも住人が出てきた。
見たところ、とても慌てていた。
『あ、おはようございます…鮎崎さ…』
「おおおっはよ!だけど、今急いでるからごめんねぇっ! 」
彼女は、1週間前から隣に住む鮎崎さん。
『あ…はぁ、お気をつけて。』
可愛らしいツインテールが似合っているが最近はとても慌てている。
『毎度のことながら、大丈夫かな?』
そんな鮎崎が、慌てて走ったのを見送りつつ駐輪場に止めた自転車に股がる。
『じゃあ…行くか。』
貴司は、自転車で軽やかに駐輪場を出て大学に向かった。
『(もしかしたら…鮎崎さんが、部屋で何かやっているんだろうか?)』
『(もし、そうだとしたら…健康への影響が出るし…止めてもらおう)』
そう考えている内に、大学につくと1人の男が寄ってきた。
「おっはよ!貴司!」
『あぁ…おはよう、怜。』
その男は、同じサークル仲間の千田 怜でとても良い奴だ。
「ん?貴司…寝不足か?夜中まで、何か怪しいことやっていたんじゃないか? 」
怜は、ニヤニヤと話す。
『バッ!ち、違うよ!何か…最近怪しい音が聞こえて寝れないんだ。』
ちょっと、寝不足のストレスも相まって強めな口調で言ってしまった。
『あ……悪い怜。』
「良いよ?何処から聞こえてくるの?」
『隣……何だけど、まぁ今日も聞こえたら気が引けるが文句を言うつもりだよ。』
「ふーん、そうなんだ。何がともあれ無理はしないようにね。」
『あぁ…ありがとう怜。』
「良いよ良いよ。じゃあ、またサークルでな?」
『わかった、またな。』
怜は、そう言うと立ち去った。
そして、貴司は昼間の講義を聞き…夕方のサークル活動を終えて自身の住むアパートに帰るべく夜道を自転車で漕いで走っていた。
夜道は、街灯が点灯しジョギングやデートしているカップルが往来していた。
気がつくと、アパートについて階段を上り階段すぐ脇の自分の部屋の鍵を開けた。
その時に、隣の部屋…鮎崎の部屋を見たが灯りが灯されてないので帰宅していないようだ。
『鮎崎さん、まだ帰ってきてないのか。』
貴司は、部屋に入るとシャワーを浴び、その後に冷蔵庫で冷やしていた炭酸飲料と自分で漬けていた胡瓜を取り出し腰を降ろした。
『はぁ…疲れたな。』
貴司は、胡瓜をムシャムシャと食べて炭酸飲料を飲む。
『はぁ~至福の時だな。今日こそはちゃんと寝れると良いんだけど。』
そう余韻に浸っていると、隣の部屋からドアが開く音とドタドタと歩く音が聞こえた。
『(あ、鮎崎さん帰ってきたのか。)』
『眠いし…寝よう。』
貴司は、ベッドで横になり…眠りについた。
だが…暫くし外は車の走る音さえ無くなり静けさが闇夜を支配するなか…またあの音が聞こえて来た。
カシャカシャキ…カシャキシャキ。
昨日より、鮮明に聞こえてくる。
本当に耳元で、ハサミが開閉されているんじゃないか?
直ぐに、耳が切られてしまうような悪寒がした。
貴司は、音がする鮎崎の部屋側じゃない方に体を向けていた。
唾を飲み…その反対側をゆっくりと体を起こして向く。
徐々に徐々にと。
だが、そこには音が聞こえるが何も居なかった。
『もしかして…やっぱり。』
貴司は、不快な音がする壁の方に近づいていき壁に耳を当てた。
だが…彼は後悔した。
壁からは、聞こえるのはハサミの開閉音には変わらないのだが何かを切るような鈍い音も聞こえた。
そして、知らない声も微かに聞こえてきた。
「今日今日今日今日今日今日今日今日今日今日今日今日。」
『(男?。今日……?今日に、何かやるのか?)』
「その時、刃が君の耳をチョキチョキ…君の鼻をザクザク…君の舌をザックリ…お父さんが丁寧にやってあげるから。」
貴司は、その言葉を背中に寒気が走ったのだった。
『(この不快な音の正体は、壁を隔てた先の得体の知れない何か……鮎崎さん!)』
貴司は、直ぐに部屋を出て隣の鮎崎の部屋に向かいドアノブに手を掛けた。
幸い無用心だが、鍵は掛かってなく部屋に入れた。
入ると…そこには、手にハサミを持ち自分の耳を切り落とそうとしている鮎崎がいた。
「た…たすけ……て。」
貴司は、考えずに強引に鮎崎が持っていたハサミを引き剥がした。
『おっしゃ!あっ……。』
その勢いで、貴司はバランスを崩してしまいあろうことか…鮎崎の上に倒れこんでしました。
貴司は、よほど運が悪い…のだろう。
その際、誤って鮎崎の胸を揉んでしまった。
鮎崎は、咄嗟に泣いていた顔から赤らめて拳を握りしめた。
「何、するのよ!」
無情にも、貴司の顔に直撃し…貴司は倒れた。
『い、痛たたた。』
貴司は、氷で殴られた所を冷やしていた。
「ご…ごめんなさい。危ないところを助けてれた奴間君の事を殴っちゃって。」
『いや、鮎崎さんが無事なら結果的に大丈夫ですよ。だけど…鮎崎さんさっきのは、
何であんな事を?』
鮎崎は、涙を少し滲ませて話始めた。
「1週間前の事よ……。」
『(1週間前?丁度、俺と同じ頃か。)』
「毎晩、耳元でハサミの開閉音が聞こえたの…最初は夢なんじゃないか?って思ったけど明らかに違う感じがしてね、夜あまり眠れなくて仕事にも遅刻しそうになってたの。」
『(だから、最近慌ただしかったのか)』
「だけど…昨日ね、ハサミの開閉音だけじゃなく……知らない男の声がして、明日って繰り返しいて今日は怖くて寝れずにいたの。 」
「それで、今日…またハサミの開閉音が聞こえたら男の声で不気味な言葉が耳元に囁いてきてね。」
「気がついたら手にハサミを持っていて耳を切り落とそうとしていたの。奴間君が来なかったら…駄目だったよ。」
彼女は、自分が入れた紅茶のマグカップを持ちながら話してくれた。
『実は、俺の部屋にも音が1週間前くらいから聞こえていてさ…今日も聞こえたから鮎崎さんの部屋の方の壁に耳を当てたら怪しい男の声が聞こえたから…気がついたら体が動いていた。』
「ありがとう…助けてくれて。 」
「奴間君…もし良ければ朝まで一緒に居てくれる?」
『え?勿論、大丈夫ですよ!(今日も寝れないけど、仕方ないよな。鮎崎さんを見捨てるような事はできない。)』
「ふふ、ありがとう。優しいんだね、奴間君は…貴方みたいな人に大事にされる人は幸せでしょうね?」
『いや、そんな大したやつじゃあ無いですよ。』
怯えて泣いて暗かった鮎崎の顔が少しずつ明るくなってた。
「私…明日から暫く会社近くに泊まることにするわ。」
『あんな…事があったなら、そうした方が良いですよ。』
こうして、二人は夜が明けるまで色々な話をした。
「奴間君…朝までありがとう。私のせいで寝不足でしょうに…ごめんなさい。そして、ありがとう。落ち着いたら、また色々話を聞かせてもらっていいかな?」
『アハハ、良いですよ!では、俺は大学行くのでっ!鮎崎さんも、お元気で!』
「うん、本当にありがとう!」
鮎崎は、笑顔であったが目元に涙を少し浮かべていた。
鮎崎は必要最低限の荷物を持ち立ち去った。
そして、その日の夜。
貴司は、帰宅し何時もと変わらないようにシャワーを浴びて冷した炭酸飲料と買ってきたオツマミをハサミで封を切り…至福の時を過ごしてからベッドに横たわった。
1週間まともに、寝れなかったのでスヤスヤと眠るのに時間は掛からなかった。
結局…鮎崎を襲ったあの怪現象は何だったんだろうか?
そして、ここは大家さんの部屋。
「…………やっぱり駄目ね。」
大家さんは、ため息をついていた。
「もう、彼処の隣の部屋はやっぱり人を入れない方が良いかもね。」
「明日…奴間君に、話そう。」
そして、また静けさが支配する闇夜が来た。
スヤスヤと寝る…貴司。
長らくまともに寝れてなかったので、涎を滴ながら寝ていた。
シャキシャキ…。
その音は、小さく気づかない程だ。
「つれた……つれた……。」
「またつれた……。」
「1週間……ご苦労様。」
「御礼に……。」
「安らかな永遠の眠りを。」
「では…。」
「オヤスミナサイ」
ジョキジョギィジョキジョギ
また、鈍い…ハサミの開閉音が静かな夜に響くように聞こえた。
そして翌朝。
大家さんが2階にある貴司の部屋に訪ねようとしていた。
だが、貴司の部屋の横の部屋が僅かに空いていた。
「……。先週、閉めた筈なのに泥棒でも入ったのかしら?」
念のため、確認したが…中には誰もいないのを確認したが…1人分のみ足跡が残ってた。
「まぁ…いいわ、取り敢えず閉めとこ。」
その部屋のカチャリと鍵を閉めた。
ピンポーンとインターホンを鳴らす。
「奴間君~私よぉ~。ちょっと、重要な話をしたいんだけど~。」
再び鳴らす。
「奴間君!自転車があるから、いる筈だし大学も今日は無いのに…奴間君~!」
部屋の中では、貴司は未だにベッドに横たわっていた。
大家の呼び掛けは、彼には聞こえないだろう。
彼の耳は…もう無いのだから。
ついでに、瞼を再び開けることも無いだろう。
彼の枕元は、紅く染まっていた。
隣の部屋から、怪しい音が聞こえたら皆さんもご注意を。
もしかしたら、アナタの隣にいる住人は本当は別な住人かもしれない。