私の祖父母の家には、二本の長い角を生やした黒塗りの鬼の面がある。
仏壇を向いてそのお面は、廊下の真横、壁の上に飾ってある。
何度か、なんであんなものがあるのか祖母に尋ねたが、毎回うまくはぐらかされる。
「あれ怖いやろ」「節分の時怖がるように買ったんや」
絶対嘘だとおもうような冗談でいつも躱される。
あのお面が、飾るための板から外れないのは知っているし、被る用にできていないことも知っている。
私は、本当のことを知りたかった。
ある夏、祖父母の家を訪ねると、祖父が一人で留守番をしていた。
祖父は基本無口で会話らしい会話はしない。
しかしこの日は少し違った。
祖父は祖母にタバコを止めるようきつく言われているが、まさに鬼の居ぬ間のなんとやら、家に入ると独りタバコをふかしていた。
祖母には黙ってて欲しいからか、祖父は私に小遣いをくれたり、勝手に昼飯を食べだしたらおかずに刺し身の残りをくれたりした。
もしかしたらこの流れなら鬼の面の秘密が聞けるのではと思い、テレビを一緒にみながら話題をふった。
すると、意外にも簡単に、だけどどことなく真剣で、それでも私を少し恐がらせたそうな感じで話してくれた。
「あのお面をつける前、丁度仏壇の真上にMやらY(伯母たち)の部屋があってな。あの子ら夜になると真下から唸り声みたいなんが聞こえて寝れへんて下のワシらの部屋まで泣きついてきたんや。
ウチは前の家から仏壇持ってきたさかい、なんぞご先祖様の機嫌でも損ねてしもうたんかと思うて困ってたら、今はもうおらんワシの姉さんが、コレを仏壇の向かいにつけろいうて、あのお面をくれたんや。それつけてからはなんも起こらんくなってな。そういうわけや。」
そんなことあったんかと思いふけるまもなく、祖父はまだ言葉を続けた
「ただ、この話を聞いたと、婆さんには言うなや。なんやその一件婆さんは気に食わんかったらしくてな。鬼より先祖よりワシは女のが怖いわ」
そう締めくくって祖父はまたたばこをふかした。