ちょうど、梅雨に入る前の季節だった。
高校二年生になった私は、部活も忙しく日が暮れる頃になるまで励んでいた。
『あぁ…疲れた。今日は、失敗しちゃったなぁ……はぁ。 』
溜め息をついた後に、先程コンビニで買った豆乳飲料をストローで飲む。
「確かにぃ~あれは、失敗だったね?だけど私は、助かったよニヒヒヒ。」
そう笑うのは、昔からの幼なじみの来瀬 衣子(くるせ いこ)で 私より愛嬌がありクラスでも部活でも人気がある。
『でもさぁ……。』
失敗を思い出し、落ち込む私。
「いやいや、誰にだってね?失敗は、しちゃうものだよ?私も、失敗するし…ね?」
「だから、明日頑張ろうよ?真那?」
私は、中尾美 真那(なかおみ まな)。
まさか、この日を境に思い出したくない恐怖と絶望を体験するとは思わなかった。
「何あれ?」
二人で、もう夕暮れで暗くい道を歩いていると近くの公園の砂場から音がしたのだ。
二人は、気になり公園の中を覗き見てみると砂場に長い髪で赤い服を着た1人の女の子が居た。
砂場に小さいスコップを刺して穴を掘っているようだ。
『(こんな…夕暮れに、危ないな。)』
「(だよね?念のため、お母さんは?って聞いてみようか?)」
真那と衣子は、1人でいる女の子が心配になり公園内に入って行った。
近寄ってみると、女の子は何か言いながら楽しそうに穴を掘っていた。
「おいっく!おいっく!おいっく!まぜてまぜておいしい。」
何かの番組で、やっている歌なのだろうか?
「もしもし?こんな…夕暮れで1人だと危ないよ?怪しい人も出てくるから、お家に帰った方が良いよ?」
衣子は、優しく横から女の子に話し掛けた。
「おいっく~おいっく~おいっく、まぜてまぜて~できるかな?」
女の子は、聞いていないようだった。
「あははは…悲しい。」
衣子は、無視されたことで落ち込んだ。
『ねぇ?1人なのかな?お母さんは?』
真那は、女の子の真正面から話し掛けた。
「うん、1人!いま、おいっくしてるの!お母さんは、お家だよ。」
『そうなんだ…じゃあ、危ないから帰った方が良いよ?良ければ、私達が一緒に帰るから。』
「……おねえちゃんたちはおいっくすき?」
『(おいっく…って何?)』
先程、言っていた言葉だが何かのテレビ番組の呪文だろうと考え付いた。
『うん、大好きだよ。』
真那は、笑顔で答えた。
それを見ていた衣子も、言葉の真意は謎だが女の子が好きなものを邪険に扱うのは良くないと思い頷いた。
「本当?うれしい、じゃあ…一緒にかえろう?」
女の子は、使っていたスコップを小さいバケツに仕舞って真那に寄り添って来た。
「手…繋いで?」
女の子は、小さい手を真那に差し伸べた。
そのキラキラした瞳に抗えなかった。
『良いよ。』
そう言い、その小さい手を掴んだ。
『(温かくて可愛い。)』
真那は、思わずニッコリした。
「じゃあ、私がバケツ持ってあげるから。」
衣子は、女の子のバケツを持ってあげようとバケツに手を掛けた。
「ありがとう!じゃあ…おねえちゃんも手を繋いでくれる?」
バケツを持っていた手が空いた為、そのまま衣子に真那と同じように手を差し伸べた。
「良いよ!」
衣子は、そのまま女の子の手を掴んだ。
「ありがとう!祥子ね?おねえちゃん居ないから嬉しいよ?」
女の子の名前は、祥子(さちこ)と言うようだ。
祥子は嬉しそうに年相応に、はしゃいでいた。
暗い住宅街の道…音が鳥の鳴き声さえも無くなり静かになってきた。
道の電柱には、不審者への注意換気や行方不明者多発による情報を求める貼り紙がされていた。
「おねえちゃん達は、好きな食べ物なぁに?」
祥子が無邪気に質問をしてきた。
『わ、私は…シチューかな?だけどね、ブロッコリーが入ってるのは苦手だけどね』
真那は、少しひきつりながら答えた。
「祥子も、シチュー好きなんだ!お母さんの作るシチューとても美味しいんだよ。」
祥子は、嬉しそうに答えた。
「だけど、おねえちゃん好き嫌いするなんていけないんだ!祥子は、ブロッコリー入っていても食べれるよ?」
『あ、アハは…すいません。』
「ぷくく…真那好き嫌いしちゃ駄目だよ?ニヒヒヒ。」
衣子に、凄く笑われた。
『衣子は、言わなくていいの!』
と三人仲良く話している内に住宅街の隅にある普通の一軒屋に着いた。
「ここが、祥子のお家だよ!おねえちゃん達もおいでよ!」
祥子に手を引っ張られる二人。
二人は、お互いを見て…祥子の家に少しお邪魔することにした。
「おかさぁん!祥子帰ってきたよぉ!」
祥子は、入り口のドアから声をかけるとドタドタと足音が聞こえてきてドアが開かれた。
「サッちゃん!?駄目じゃない!?夕暮れまでに帰って来なくちゃ! 」
祥子の母親は、とても若く見えたが今まで心配していたのか泣いていたようだ。
「もう!庭で遊んでるって言ったのに…居なくなっちゃって!誘拐されたかと思っちゃったよ!でも…良かった無事で。」
母親は、祥子を泣きながら抱き締めた。
「ごめんなさい、お母さん。祥子もうしないから。」
祥子も流石に反省したようだ。
『(帰ろっか?)』
「(うん。)」
二人は、この光景を見て帰ろうとした。
だが。
「貴女達が、祥子を送り届けてくれたのね?ありがとう…ありがとう。」
母親は、感謝を伝えた。
「いえいえ、大丈夫ですよ?お家に送り届けることができてこっちも良かったですから!」
衣子は、愛嬌を振る舞い答えた。
『そうですよ!では、私達はコレで!』
そう言い、衣子と一緒に真那は立ち去ろうとした。
……もう空は、真っ暗だった。
だが、真っ暗なのは空のせいでは無かった。
『はっ!ここは?』
真那は、気がつくと客室のような部屋の椅子に首と手足を固定されていた。
『えっ!私は、祥子ちゃんを送り届けて衣子と帰った筈……筈……筈なのに覚えてない。』
部屋の中には、他にはテーブルとCDプレイヤーがあるだけだった。
『私、誘拐された?衣子はっ!』
すると…ヒタリと足音が聞こえてきた。
『だ、誰!』
首や手足を固定されている為、後ろは見えない。
足音がまたヒタリと聞こえ、次第に自分の真後ろに気配を感じた。
『私をどうするの!衣子はぁっ!衣子は!どうしたの!』
吐息が聞こえたが、間も与えられずに目隠しをされた。
暫く放置された後にやがて、ドアが開く音がし、カチャカチャ音と足音が聞こえてきた。
コトっ…とどうやらテーブルの上に何か置いたようだ。
良い匂いが、漂ってきた。
嗅いだことがある匂いが。
置き終わると、そのものは真那の真後ろに周り目隠しを外した。
すると、目の前にはクリームシチューと食べるためのスプーンが置かれていた。
テーブルには、紙が置いてあった。
“”ブロッコリーも残さず食べなさい。これを食べたら貴女を解放します。””
そしてシチューを見るとブロッコリーは確かに入っていた。
真那の裏にいるものは、真那の両手を解放した。
だが、脚は固定されているので逃げられない。
『分かったわ…食べれば良いんでしょ!』
真那は、シチューにスプーンを入れてブロッコリーと一緒に口に入れた。
『お、美味しい!ブロッコリーってこんなに美味しかったけ?しかも、このシチューの美味しさは……。』
言葉を失う美味しさだった。
真那は、他の事を忘れてシチューを食べていた。
『美味しい美味しいっ!なんで、美味しいんだ!』
気がつくと食べ終えていた。
カチャっとCDプレイヤーから音がした。
ガガガと音がして、やがて再生を始めた。
「美味しい~シチューの作り方。」
聞いたことがある声だった。
「普通のシチューと、ほぼ一緒!」
「秘密は、これだよ!オリジナル!」
「だけど~アタリもハズレもあるから要注意! 」
「これを踏まえて、さぁ…作りましょ。」
ガー…ガガガ、CDが切り替えたような音を出した。
「やめて…やめてください。私、絶対に喋りませんから!」
泣きながら、救いを求める声が聞こえる。
真那は、この声の主を知っていた。
『え…衣子?』
と同時に、ギュイイーンとチェンソーの音が聞こえた。
「や、やめっやめガぁガアアアアアっ!」
それは、人間の声じゃ無かった。
真那は、衣子が何をされているのか容易に想像できてしまった。
「いっぎぃっ!ギギギギギっ!」
『や、やめて……やめてよ。衣子…衣子……を苦しめないでよ。』
やがて、チェンソーの音と衣子の断末魔の叫びは止まった。
カチャカチャと音と何かを取り出したような音がした。
「はぁい!これが…新鮮な脳だよ?」
「おいっく!おいっく!混ぜて~混ぜて~美味しい~おいっく!おいっく!美味しくできるかな?」
「そして、これを濾してシチューに加えるだけでまろやかになるんだよ?」
「ふふ……とても美味しそうにできそうだね?」
「じゃあ、実際に食べて貰おう!」
プツンとCDは、終わった。
真那は、ガチガチと歯が震えていた。
後ろにいた人物は、真那の耳元に口を寄せた。
「偉いね?ブロッコリー食べれたね…そんなに美味しかった?」
「お友達のおねえちゃんの脳ミソが入ったシチューは?」
この声の主は……。
「ねぇ?答えてよ?おねえちゃんニヒヒヒ?」
祥子だった。
「答えは、決まってるよね?現に器の中身空っぽだもの!美味しかったってことだよね?」
「美味しかったんだよね?美味しかったんだよね?美味しかったんだよね!」
祥子は、椅子の真上から覗くように問いかけてきた。
『い、嫌…何で?というよりは、何で衣子を殺したのよ! 』
祥子は、キョトンとしたが直ぐに答えた。
「何でって?貴女達が、おいっく好きって言ったからよニヒヒヒ。」
『おいっく…って何なのよ!』
真那は、質問したが……。
「なら、知った気で空返事するんじゃあ無いんだよ?私が、幼いからって適当にあしらってさぁ!」
「まさか?こんなことに、なると思わなかったのかな?ねぇ?おねえちゃん!」
『だからって何で衣子なのよ!私を殺せば良かったでしょ!』
真那は、泣き叫ぶ。
祥子は、それを見て笑いだした。
「アヒャアハハハ!何故って?友達を殺されて尚且つ友達を殺され絶望した奴の脳ミソを食べたいからさ。」
祥子は、ペロりと真那の耳朶を舐めた。
「だからね死んで…じゃあ、いただきます。」
『まっ!』
次の瞬間…真那の首より噴水のように血が流れた。
…………。
暫くして、翌日の公園。
「おい、知っています?また行方不明者が出たんですって?」
「今度は、女子高生二人らしいわよ?」
「怖いわね……。」
世間話をしている、奥様方達。
「おいっく!おいっく!」
「?なぁ、その……おいっくってなんだ!」
「え?これ?なんか…穴を掘ったりかき混ぜたりって意味らしいけど…兄ちゃんから聞いたんだけど……。」
昼時になり…とある家の食卓には、シチューが 並べられた。
母親と祥子が、それを食べる。
「美味しいわね…やっぱり寝かせた方が美味しいわね。」
「ありがとう…。 」
母親は、ニコニコと祥子に感謝する。
「いやいや、また食べたいときは言ってね。 」
「(ククク…おねえちゃん……貴女の無念や悲しみが更にコクを与えてくれたわ。)」
口元についたシチューをペロリと舐めとると満足した顔をした。
「(おねえちゃん…ブロッコリー食べれるようになったのは誉めるけど、いただきますとご馳走様って言えないのは命の恵みに失礼だよ。)」
場面は、戻り…。
「おいっく…てのは、差し上げますって意味らしいよ?」
「へぇ…差し上げるって、言ってもね?」
「ご馳走様……おねえちゃん達。」
この町には、行方不明者と時々脳の無い死体が見つかる事が多いようだ。
例え子供だろうと不審者では無いと安心せずに知らないことを肯定的にあしらってしまうのは止めた方がいい。
貴方達を見ている眼が、ただの食物としてしか見ていないかもしれないからだ。
その眼が、どのようにみているか私達には闇夜のように分からないのだから。