聞く耳持たず 投稿者:Mr. BB

何も聞こえない。話し声も、足音も、呼吸も、何も聞こえない。当然でしょう。ここに来てから一週間ぐらい、生きている人を見ていないのだから。
 肝試しのような感覚でやってきたこの場所は、血肉にまみれ腐臭漂う廃校。

 ふと視線を感じたが、その視線を辿ってみるとそこにあるのは嫌気さを微塵も感じないはずの、生気を失った眼球だ。とはいえども、その黒い眼差しから発せられる不気味さからはいち早く逃げだしたい衝動にかられ、すぐに目線を外すが、そこにも生気のない眼が、そこにも、そこにも、そこにも。見回せば無数の黒い眼差しに囲まれていた。

 独りでに逃げようとする私の腰をぐっと抑えて、目を閉じて、深呼吸。大丈夫、何も聞こえない。からかいの声も、蔑みの声も、何も聞こえない。私に対する非難の声は何も聞こえない。普段常に感じる、嘗め回されるような視線も、声も何も感じない。落ち着いてきたのか、挙動不審に暴れていたはずの心臓の音も聞こえなくなっている。目を開ける。私への不快な視線なんてなかったのだ。
 急に訪れた静けさにも、かえって気味の悪さを感じてしまった私は、この場を離れようと歩き出した。

 しばらくして、足音のようなものが廊下を反響して聞こえてきた。その足音に妙に懐かしさを覚えたので、知り合いが私を探しに来たのだろうか。
余計なお世話だと思い、この場を急いで逃がれようとすると、それまで歩くような速さだった足音が、走るような速さで、それもどんどん遠ざかっていくような感じがした。
立ち止まって振り返っても誰もいないし、足音も聞こえない。
気配のする場所に、そっとそっと近づいて、曲がり角を覗くと、少し離れた先に人形を抱えた女の子がいた。

 私と目が合ったその女の子は、目を逸らし、私を背に廊下の奥へスキップしていった。タンタタンタタン、タンタタンタタン。
女の子が離れていっても、ずっと同じ調子で鳴り響くステップの音。私は思わずあの子を追いかけた。タッタッタッタッタ、タッタッタッタッタと、追いかけられるような音がどんどん頭に響いてくる。
私も誰かに追いかけられているような感覚に襲われるが、構わず彼女を追い続ける。

 彼女に追いつくと、大きくなっていった足音も止んだ。女の子は振り向いて、人形の耳元に囁いた。
「不審者に付いてったらダメって学校で言われなかった? 聞く耳持たずだね。あ、お姉ちゃんに耳なんて付いてなかったね」
 ふっと人形に息を吹き付けられると、むず痒さを感じた。人形に注目する間もなく視界が奪われる。
「今度は、目をもらうね」

 目の前には、耳が切り取られ、目をくり抜かれた私の、腰を抜かしているのが見えた。

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